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ハンディクラーフト
When Angels Travel
ブランドヒストリー
ホースヘア
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プレス

ブランドヒストリー

1929 A.D.コップ、21歳で会社を創立。
輸出市場を南米にまで拡大する。
長女インゲボルク誕生。
1948 奇跡的なドイツ経済の復興がはじまる。
はじめて米国とカナダでコレクションが紹介される。
ブランド<COMTESSE>誕生。
創立25周年を迎える。新工場の設立。132人の高級鞄職人がCOMTESSEバッグを製造する。

1958 ブリュッセル万博に於いてコンテスのバッグが
優秀美術工芸賞の金賞を受賞する。
1963 A.D.コップ社長は娘インゲボルクを同伴しはじめてアジアを訪れる。
インゲボルク・コップ、アジア地域を担当する。
創立50周年を迎える。
インゲボルク・コップ、社長に就任する。
日本でのブティック第一号店が東京にオープン(帝国ホテルプラザ)。
香港にブティック第一号店がオープン(ペニンシュラホテル)。
1993 皇太子妃雅子様がご成婚のおりにコンテスのバッグをお用いになり、コ ンテスは一躍脚光を浴びる。
シリキット王妃をはじめタイ国王ご一家がコンテスのバッグをご愛用になる。
旗艦店が銀座一丁目にオープン。
スウェーデンのマドレーヌ王女がコンテスのバッグをご愛用になる

COMTESSE BRAND STORY

コンテスの歴史は、1929年、ドイツのフランクフルト郊外のオベルトハウゼンに、現在の社長インゲボルグ・コップ・ノアックの父、アドルフ・ダニエル・コップがバッグ製造会社を設立したことにはじまります。

コンテス(伯爵夫人)の名にふさわしく、「常に最高のものを提供する」というポリシーのもと、妻のゲートルードと高品質のバッグを作りつづけ、第二次世界大戦後はアメリカなど海外へもビジネスは拡張していきました。

また、常にあたらしいデザイン、素材を追求していたアドルフ・D・コップは、英国でみつけたホースヘアの椅子用の張り地の美しさと丈夫さに注目し、これをなんとかハンドバッグの素材にできないかと試行錯誤を重ねた結果、ついに硬いホースヘアにまるみをつけてハンドバッグにする技術を世界で初めて開発しました。

1960年代には娘のインゲボルグもビジネスに加わりその卓越したファッションセンスと海外留学で得た国際感覚で黒など地味な色が多かったホースヘアにやがて顧客の目を魅了するようなビビッドな色を加え洗練されたデザインを創り出していきました。

その頃、日本を訪れたインゲボルグはホースヘアが日本の和服にあうことを発見。積極的に紹介をした結果、以降、日本へのビジネスは飛躍的に拡大し現在ではホースヘアといえば和服にあう高級素材として認知されるようになりました。

現在も創業当時とおなじ場所にある、コンテスの本社兼工場では、英国のホースヘア工場で150年以上前の織機で織られた生地や、世界中から厳選した素材を使用して、ひとつひとつのバッグが熟練した職人達によって手作りされています。

決して妥協をゆるさなかったアドルフ・D・コップの職人として誇りは今も同じ場所で働く数多くの職人達、そして娘のインゲボルグによって引き継がれ、その美のDNAは今は3代目のジュリア・ノアックの中で美しく育っているのです。

COMTESSE HISTORY

1908年(明治41年)12月11日
アドルフ・ダニエル・コップがドイツ、フランクフ   
ルト郊外オッフェンバッハ市のオベルトハウゼン*に生まれる。
家庭において皮革製品の製造について学ぶ。

1924年(大正13年)
アドルフ、オッフェンバッハの皮革製品工場(リッカー&ザイプ社)
に熟練かばん職人として就職。

1929年(昭和4年)9月14日
アドルフ、兄弟、および職人達10名で高級革製品の工房をつくる。

1938年(昭和13年)12月25日
アドルフ、ゲートルード・ミューラーと知り合い、後に結婚。
このころ、イギリスに強力な販売網を得て、北欧・英国・南米向けの輸出が成功する。

1941年(昭和16年)7月31日
長女、インゲボルグ誕生。翌日アドルフは出征。
その後二人しか残っていなかった職人まで出征し、
ゲートルード一人で娘と会社を守る。

1945年(昭和20年)
アドルフがシェルブールより帰還。
14日目には事業を再開。

1947年(昭和22年)
作業場を拡張。
北アメリカなど海外の顧客などに商売が拡張。

1950年(昭和25年)
職人達が安心して働けるよう、
企業年金を導入。

1954年(昭和29年)
創業25周年。
さらに輸出に力をそそぐ。

1958年(昭和33年)
ブリュセルの国際見本市に出品、
名誉大賞受賞。外国の雑誌にも広告を掲載。
アジアからも問い合わせがくるようになり、
写真やカタログが作成されるようになる。
ライプチッヒフェアで金賞受賞。

1964年(昭和39年)
スイス・イタリアでの留学を終えてアドルフのもとでビジネスを学んだ娘、
インゲボルグがコレクション企画主任・輸出主任に就任。
アジア向け輸出が本格化する。
このころ、和服にマッチすることから特に日本市場にホー
スヘア素材のバッグを紹介、人気を博す。
以降、ホースヘアのバッグといえばコンテスといわれるようになる。

1979年(昭和54年)
創業50周年。トリノ創造技術作品国際アカデミーによってオスカー大賞受賞。

1984年(昭和59年)     
アドルフ・D・コップ他界。

1989年(平成元年)
日本での初の直営店、帝国ホテルプラザ店オープン。

1994年(平成6年)
ゲートルード・コップ他界。
ジョンボイド・テキスタイル社を買収。

1999年(平成11年)
創業70周年。(日本進出35周年)

2002
コンテスはEganaGoldpfeilグループの一員となる。


2002年 (平成14年)           
一層の事業展開と商品開発の強化を目指し、
エガナ・ゴールドファイル社(香港)グループに参加。

2003年 (平成15)            
東京銀座に旗艦店「コンテス・ゴールドファイル銀座店」
オープン。10月インゲボルグの娘、ジュリア・ノアックが3代目社長に就任。

2005 台湾において3番目のブティックオープン。